2006年02月19日

2006年2月 筑波山と寝台特急「出雲」の旅

2006年2月18日 メガライナーと筑波山とつくばエクスプレス

メガライナーの車内。あまりにも閑散として寂しかったけど快適
メガライナーの車内。
あまりにも閑散として寂しかったけど快適
今では見られないつくばセンター前のメガライナー
今では見られないつくばセンター前のメガライナー

今朝は少し早起きして、福井始発のはくたかで越後湯沢へ。
寝台特急「出雲」に乗るため、いったん東京へ行く必要があるのだ。
寝台特急「出雲」乗り納めで東京へ出るのだからと、昨年秋に乗り残してしまった筑波観光鉄道のケーブルカーに乗ることにしたので、東京では「たまたま来た」メガライナーに乗ったり、つくばエクスプレスを完乗したり…。
まあ、非常に楽しんできました。

まずは東京からのメガライナー。
メガライナーは90人のりなのに乗っているのは5人ほど。つくばエクスプレス出来たら、寂しいのも無理ないですかね。
結局、この数ヵ月後には東京駅前−つくば間からは撤退となり、青春メガドリームに。

メガライナーでつくばセンターに出てから、つくばセンターからのシャトルバスでつつじヶ丘に出て、登りはロープーウェイ。このシャトルバス、つくばエクスプレスの開業でつくば駅から筑波山に向かう人が増えたために対応して出来たのだけど、好評のようで増発されていました。筑波山への観光客自体も増えているみたい。

筑波山のロープーウェイ。女体山の山頂も見える。
筑波山のロープーウェイ。女体山の山頂も見える。
男体山の山頂。女体山の方がゴツゴツしているんだけど、高いのはこっち
男体山の山頂。女体山の方がゴツゴツしているんだけど、
高いのはこっち
筑波観光鉄道のケーブルカー。観光客が増えてます
筑波観光鉄道のケーブルカー。観光客が増えてます
筑波駅→筑波山→筑波山口。元々は筑波鉄道が走っていました
筑波駅→筑波山→筑波山口。
元々は筑波鉄道が走っていました
女体山と男体山の両方に登ってきて、帰りはケーブルカー。シャトルバスが出来てから、ケーブルカーとロープーウェイの両方に乗る人もふえたとか。
けど、男体山はあまり人がいなかったなあ…。

そしてケーブルは16時40分発の最終便。京成グループになって色が変わったみたいで、きれいな車両だった。
途中にトンネルあり、印象としては高尾山ケーブルか、廃止された駒ケ岳ケーブルに似た感じ。
とはいえ、今回の旅行では「ケーブルカーとロープーウェイの両方に乗れた」ことがよかった。つくばエクスプレス&シャトルバス様様だわ。

帰りは「改札口が残っている」と聞いた、旧筑波駅(20年近く前に廃止された筑波鉄道の筑波駅)に路線バスに乗ってわざわざ行ったのに、廃線跡がかなり整備されていたのががっかりだった。けど、最終シャトルバスがすんだ後の路線バス、人が乗ってた(乗り遅れた感じの人が多かった。私は予定通りだったけど)。

そうそう、閉店前の果物屋からバナナを頂いてしまった。「東京ばな奈」らぬ「つくばな奈」だわ。

筑波山から下山後、つくばセンターに戻り、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線に乗車。つくばエクスプレスの名前のほうが有名なので、首都圏新都市鉄道といっても分からない人も多いみたい。本当は昼間に乗りたかったけど、メガライナーの時刻との兼ね合いから夜になった。まあ、つくばエクスプレス自体は守谷まですでに乗っているから別にいいのだけど。
18時20分発の快速に乗る。6両編成というのにそこそこシートが埋まっている。これだけ乗っていたら十分価値はあるだろう。
メガライナーは重厚でそれほど速度は出なかったが、こっちは時速130km/hで快走。これだけ速ければ、高速とはいえつくばエクスプレスよりものんびり走っているバスには勝ち目がないのもうなづける。
みどりの付近で車内のパネルが切れて若干遅くなったここが「デッドセクション」(交流・直流の切り替え)かな(後で調べたところ、ここは交流と交流のデッドセクションで、交流と直流のデッドセクションは守谷付近にある)。常磐新線として計画されていたので、将来的な常磐線への乗り入れを考慮して交流になったと思っていたのだけど、どうも違うみたい(電磁波の関係らしい)。
守谷についた時点で、つくばエクスプレスは完乗。あとは小さいテーブルにパソコン広げて(クロスシートがテーブルつきなのはうれしい)、北千住へ。東京へ行くには、秋葉原まで行かずにここで降りて東京メトロの方が安いしね。

そして、今夜、東京からは「出雲」乗り納め。入線前の10番ホーム。

「カメラ持った人が結構いたわー」。

まあ、自分もその一人やけど…。

それにしても、こりゃ「乗り納め」のレベルを超えてるわ。
「出雲」は何度も見てきたけど乗るのは初めてというのに、乗り納めとは(笑)
まあ、「サンライズ出雲」なら乗ったことはあるんだけどね。

そういや、学生時代、浜坂(YH諸寄荘)で合宿があったとき、誰かがローマ字表記の「IZUMO」がシャズナのボーカルに似ているって言ってたなあ。
寝台特急「IZUMO」改め、寝台特急“IZAM”。

余部鉄橋を渡るのが楽しみだ。

2006年2月19日 寝台特急「出雲」と
ルイス・C・ティファニー庭園美術館前。重厚な旅。

憧れの的だった食堂車。弁当持ち込んで食べていた人が結構いました。
憧れの的だった食堂車。
弁当持ち込んで食べていた人が結構いました。
非電化区間を行くA寝台個室。本州最後の非電化寝台特急
非電化区間を行くA寝台個室。本州最後の非電化寝台特急
寝台特急「出雲」。お疲れ様です。
寝台特急「出雲」。お疲れ様です。

1ヵ月後のダイヤ改正で廃止される「出雲」で出雲市へ。

とにかく「どこ走っていてもカメラ持った人の注目の的」。
表現するなら、倉木麻衣の着ぐるみでも着ているような感じか。

余部鉄橋のときは通路に人だかり、駅弁販売のときは隣の食堂車に人だかり。
鳥取で降りた人はいたものの、ヒルネ客もいっぱい乗ってきて(私はヒルネ利用できない号車だったのにヒルネ客に割り込まれてひどい目にあった)、何しろ大変でした。

出雲市には15分ほど遅れて到着。急いで一畑電鉄に乗り換えて、ルイス・C・ティファニー庭園美術館前へ。
一畑に乗るのは12年ぶり。その時は松江温泉(現・松江しんじ湖温泉)−淀江(現・ルイス・C・ティファニー庭園美術館前)間と大社神社前−川跡−電鉄出雲市間に乗っているので、ルイス・C・ティファニー庭園美術館前まで乗れば完乗。古江近くの松江レークサイドYHで泊まったのでこんな乗り方になっている。
ルイス・C・ティファニー庭園美術館前までの切符を買うと「庭園美術館前」って略して書かれていた。

列車は元南海21001系。まあ、前に乗ったときは旧型車両だったなあ…。
川跡でどっと客が降りた。出雲乗り納めの客も結構いて、おそらく出雲大社へ向かうのだと思います。川跡からは進行方向右側に宍道湖が広がる、いい風景。そして一畑口で方向転換。
景色は単調だけど、やっぱり宍道湖。夕陽の時間帯だともっときれいなんだろうな。

そしてルイス・C.ティファニー庭園美術館前。これで一畑も完乗。

ルイス・C・ティファニー庭園美術館前駅。
ルイス・C・ティファニー庭園美術館前駅。
イングリッシュガーデンから美術館を眺める
イングリッシュガーデンから美術館を眺める
ルイス・C・ティファニー庭園美術館前で降りた後は、当然、ルイス・C・ティファニー庭園美術館へ。
私は芸術に詳しいことはないのだけど、ティファニーのガラス細工の特徴が感じられた。ステンドグラスの分野で特に飛びぬけていたのが感じられた(→写真参照)。
鉄道車両にも芸術家がどんどん参入してほしいなと思う。(駅の分野では結構盛んだけど、車両に関しては水戸岡鋭治さんの作品くらいしか聞かないし…。

松江市がティファニー美術館を誘致して併設する庭園を整備しただけあって、なかなか美しいものだ。
入場料2000円の価値は十分あると思った。

帰りは松江市交通局「松江レイクライン」で松江駅まで行く。女性運転手が専用の市内周遊バスを運転するという縮図は金沢でも採られているので(松江のほうが先)、自然に感じた。
そして松江からスーパーやくもと新幹線と新快速と新幹線としらさぎで戻る(あいだに新快速が入るのは、旅費を節約するため)。

出雲といいティファニーといい「重厚」を満喫する旅だった。

(追伸:ルイス・C・ティファニー庭園美術館前駅は2007年春に美術館の閉館(イングリッシュガーデンは存続)に伴い「松江イングリッシュガーデン前」と改称したため、現在は「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅が日本一長い駅名に返り咲いています)
posted by うえしょう at 23:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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